アイビールックなど、1960年代のファッション
高度経済成長が進んでいった1960年代、どんなファッションが流行しましたか?
以下のようなファッションが、流行しました。
- アイビールック:伝統的で保守的な服装。
- みゆき族:頭のハンカチーフと、腰にリボンベルトを結んだ服装。
- モッズファッション:ロンドンの若者文化から生まれたファッション。
1960年代のファッションを参考にしたら、あなたのファッションが華やかになるかも。
アイビールックなど、1960年代のファッション
1960年代は、高度経済成長が進み、洋服などが華やかになっていった時代でした。
ファッションに対しては、社会的な変革と若者文化の台頭が色濃く反映されました。
ファッションのスタイルは、当時の社会情勢やカウンターカルチャーの動きと、密接に関連していました。
ファッションが単なる衣服を超えて、自己表現や抵抗の手段として機能していたことを、示しています。
そんな1960年代のファッションについて、ご紹介したいと思います。
名門大学の学生から生まれた、アイビールック
1960年代は、1958年から続く岩戸景気で幕を開けました。
高度経済成長が進む中、ファッションの世界も華やかになっていきました。
1960年代に流行ったファッションが、ファッションブランドのVANを発端としたアイビールックです。
例えば、アイビールックのブレザーは、以下の特徴を持っています。
- ずん胴型のシルエット
- ナチュラルショルダー
- 3ボタン
このブレザーは、シンプルでありながら洗練された印象を与えるデザインです。
アイビールックの特徴を言うと、綺麗目でトラッドなスタイル(伝統的で保守的な服装スタイル)です。
髪型は、七三分けです。
定番のアイテムは、以下の物です。
- オックスフォード織のボタンダウンシャツ
- 三つボタンのブレザー
- テーパードタイプのノータックパンツ
- ハイソックス
- コインローファー(カジュアルなスリッポンタイプの革靴)
ブームを巻き起こしたアイビールックは、アイビーリーグ校に伝わるファッションです。
アメリカ東海岸の名門8大学から、来ています。
アイビールックは、その名門大学の学生たちから生まれたファッションスタイルです。
このスタイルを、日本の名門大学の学生たちが取り入れて、その後、独自のファッションとして進化しました。
頭のハンカチーフと腰にリボンベルト、みゆき族
1964年に、東京オリンピックが開催されました。
この年、みゆき族という流行が突発的に起こりました。
1964年の5月頃から、大勢の若者が銀座の「みゆき通り」や「並木通り」に、たむろするようになりました。
この若者たちは「みゆき通り」から名づけられて、「みゆき族」と言われました。
そして、社会現象になりました。
「みゆき族のファッション」の特徴は、アイビールックを日本風にアレンジしたスタイルです。
二つに折ったハンカチーフを頭に被り、ロングスカートの後ろに共布(※)のリボンベルトを結んだスタイルです。
そして男女ともに、バッグは大きな紙袋か麻袋を抱えていました。
紙袋では、VANが大人気でした。
※共布(ともぬの)とは、布地の切れ端のことです。
この切れ端は、仕立てた衣類と同じ布地です。「ともぎれ」と同じ意味です。
しかし東京オリンピックに向けて、築地警察が「みゆき族」を一斉に補導したため、みゆき族は一夏を境に姿を消しました。
ロンドンの若者文化から生まれた、モッズファッション
1960年代の半ば、音楽の世界ではグループサウンズに注目が集まりました。
大きなブームは、ビートルズが来日した1966年です。
そして、彼らが着ていたモッズファッションが、日本のファッションシーンに新たな風を吹き込みました。
モダーンズを略してモッズと呼ばれたファッション(モッズルック)は、ロンドンの若者文化から発信されました。
モッズファッションの特徴としては、以下のような要素が挙げられます。
- 細身のテーラードスーツ:イタリアンスタイルに影響を受けた、スリムなシルエットが特徴です。
- ミリタリーコート:特にM-51パーカーなど、機能的でありながらスタイリッシュなアウターが、好まれました。
- ポロシャツやボタンダウンシャツ:カジュアルだけど、きちんとした感じのあるトップスが基本です。
- スリムフィットのパンツ:スキニーやストレートカットのパンツが、主流でした。
- ブーツやデザートブーツ:足元には、ドクターマーチンのブーツやクラークスのデザートブーツが、定番でした。
以上より、モッズファッションは、モダンで洗練された都会的なイメージを持っています。
現代においても、モッズファッションは、個性を重んじる若者たちの間で根強い人気を保ち続けています。
今日では、その当時のスタイルを現代風にアレンジしたモッズファッションが、見られることもあります。
なんとなくユニセックス、フーテン族
1967年、新宿東口駅前広場に、若者の集団がいました。
フーテン族の若者でした。
彼らは、当時の社会規範に縛られない生き方を体現していました。
仕事もしていない彼らのファッションは、以下のような感じでした。
- 汚れたTシャツにジーンズ
- 素足にサンダル
- ショルダーバッグ
- 長髪・無精ひげ
どちらかと言うと、男女の違いを感じさせないユニセックスなファッションスタイルでした。
このスタイルは、ただの服装以上の意味を持っていました。
それは、社会に対する静かなる抵抗であり、個人の自由と自己表現の象徴でした。
ちなみに、フーテンやヒッピーと呼ばれた彼らの中には、芸術家もいました。
原色など派手な色、サイケデリック・ファッション
1960年代のアメリカでは、音楽やファッションで新たな表現を生み出す、サイケデリック・ムーブメントが起こりました。
このムーブメントは、音楽、ファッション、アートにおいて、従来の枠を超えた新しい表現を追求しました。
これらの表現は、ドラッグで得られる幻覚や意識拡大を通じて表現されたものです。
日本でも、サイケ調(原色や蛍光カラー)のデザインが、流行するようになりました。
その中心となったのが、東京の新宿です。
サイケ調インテリアでロックが爆音で流れる中、サイケ調ファッションの洋服やポスターが売られて、サイケ・スナックが目立つようになります。
こうしたサイケデリック・ファッションの若者たちを、サイケ族と呼びました。
彼らは、音楽やファッションを通じて、社会に対する新しい価値観やライフスタイルを提案しました。
サイケ族は、単なるファッションの流行を超えてゆきました。
そして、当時の日本社会における若者の自己表現や反体制的な姿勢を、象徴する存在でした。
現在でも受け入れられている、1960年代のファッション
1960年代のファッションは時代を超えて再評価されており、現代のファッションにも影響を与え続けています。
昔のファッションスタイルが現在でも見られる現象は、過去の価値観や美学への憧れだと考えられます。
昔のファッションは時代を超えて受け継がれて、新しい世代によって再解釈されることで、その魅力を保ち続けています。
このように、1960年代のファッションが現代においても再評価されて、新たな形で受け入れられているのは、なぜでしょうか。
それは、1960年代のスタイルが持つ普遍的な魅力が、現代の「ファッションの魅力」をさらに高めたから、と言えます。