職人技を大切にしているエルメス

職人技を大切にしているエルメス

エルメス元々エルメスは、馬具の工房でした。1837年にティエリー・エルメス氏が、パリで始めた馬具の工房でした。
その後エミール・エルメス氏(3代目でティエリー氏の孫)が、事業の多角化を行ないました。そして1892年に、エルメス初のバッグとなるサック・オータクロアを作りました。そのバッグの製作には、エルメス社が持っていた馬具の製作技術が使われました。

その後エルメス社は、帽子やシャツの発注を行なっていた会社を買収しました。ですが買収対象となる会社は、小規模だったそうです。エルメスにおいては、「職人技を維持する事」が一番重要でした。なので、その買収戦略は小規模だったと言われています。

職人技を大切にしている点に、多くの方は好感を持っていると思います。そんなブランドだからこそ、良質な商品が生まれると言えます。

日本での販売

1961年に、エルメスは日本での販売を開始しました。そして1983年から、エルメスジャポンの設立を「きっかけ」にして、本格的に日本でのマーケティングを始めました。
なお、エルメスジャポンとは、日本でのエルメス商標権行使に関する業務を一括に行なっている現地法人です。

エルメスジャポンは、日本の顧客ニーズに対応するために日々企業努力を行なっています。フランスの職人が丁寧に製作した製品を、日本の顧客に届けています。
ちなみに、日本におけるエルメスの売上はとても多い、と聞きます。そのためマーケティング上、とても重要という事です。これからもエルメス製品は、日本において人気のブランドであり、憧れのブランドであり続けるでしょう。

メゾンエルメス

銀座店の「メゾンエルメス」は、エルメスグループ内においても大規模な店と言えます。その建築には、イタリア人建築家のレンゾ・ピアノ氏が携わりました。
その景観はとても立派であり、日本国内の多数の高級ブランド店が集まる銀座の景観を「より一層魅力あるもの」にしている、と言えます。もちろん景観だけではなくて、エルメスの愛好家にとっても魅力的な店となっています。

こちらの店では、エルメスの原点とも言える馬具を販売している階があります。さらにアルバム・エルメスという、エルメスのミュージアムもあります。エルメスが大好きな方なら、ぜひ訪れていただきたい場所と言えます。

エルメスのデザイナー

ヴェロニク・ニシャニアン

エルメスのデザイナーであるヴェロニク・ニシャニアン氏について、ご紹介したいと思います。
彼女は、フランスのパリ生まれです。ファッションについては、「パリ・オートクチュール専門学校」にて学びました。
1976年以降では「CERRUTI(セルッティ)」のデザイナーとして、その実力を発揮しました。そして1988年には「パリ市長賞」を受賞して、その才能が評価されました。

エルメスには、1988年に入社しました。入社後10年以上にわたって、メンズウェアのディレクター兼デザイナーとして、メンズ・プレタポルテを指揮しました。現在のエルメスにおけるプレタポルテの基礎を築いたと言えるデザイナーです。

マルタン・マルジェラ

エルメスのデザイナーであるマルタン・マルジェラ氏について、ご紹介したいと思います。
彼は、1957年にベルギー・ルヴァンで生まれました。ファッションについては「アントワープ王立芸術アカデミー」で学びました。アシスタントとしてはジャン=ポール・ゴルティエ氏の下で、業務経験を積みました。
そして1988年に開催されたパリコレクションで、自身のコレクションを発表する事でデビューしました。

エルメスにおいては、1998年から2004年までレディースウェアのデザイナーとして活躍しました。斬新なウェアを次々と生み出して、高い評価を得ました。彼の作品のおかげで、エルメスはレディースウェアのブランドとしての認知度が高まった、と言われています。